【紹介】
1962年発表の安部公房さんの小説です。この『砂の女』は、読売文学賞やフランスの最優秀外国文学賞を受賞しています。
【感想】
安部公房さんの代表的な作品です。「箱男」や「R62号の発明・鉛の卵」を読んで以来、気になっている作家です。
砂丘へ昆虫採集に出かけた男が、砂穴の底に埋もれていく一軒家に閉じ込められる。(裏表紙紹介文より)
ちょっと普通にはありえないシチュエーションで話は進んでいきます。ありえない、ありえないと思いながら読んでいるのですが、描写が丁寧なのでしっかりと物語に没入してしまいます。若者の流出が絶えず人口が減り続ける村落では、拉致まがいのことをしてでも労働力を確保したいのではないかと。
ネタバレになるので引用は避けたいところですが、1箇所だけ紹介します。
《東京五輪、予算でもめる》…《睡眠薬遊びにむしばまれる、学園の青春》…《南ア連邦に、再び暴動、死傷二百八十》…(本文より/一部中略)
今から約50年前、半世紀前に書かれた小説ですが今の世の中でも同じようなことで揉めています。2020年開催予定の東京オリンピックでは、競技場のデザインがなかなか決まらず、聖火台の場所もあやふやだというじゃないですか。大麻や危険ドラッグは蔓延し、小・中学生の濫用がニュースになったりしています。世界の各地では紛争が絶えず、毎日のようにテロの被害が報じられています。
そして本文ではこれらの事件に対して、
欠けて困るものなど、何一つありはしない。(本文より)
とバッサリ。
…欠けて困るようなものばかりだったら、現実は、うっかり手もふれられない、あぶなっかしいガラス細工になってしまう…(本文より)
反知性主義のような無常観ですが、世の中の出来事ののうち、本当に自分の生活に関わる事象というのは少ないものです。自分の手に負えない誇大すぎる視点を持つのもどうかと思いますが、自分の目前のことにしか関心を抱かなくなるとこの本のラストのようになってしまうのかなと思う次第です。何事もバランスが大切です。
(おわり)