【紹介】
アメリカの政治学者、サミュエル・ハンチントンによる1996年の著書です。
- 作者: サミュエル・P.ハンチントン,鈴木主税
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 1998/06/26
- メディア: 単行本
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【感想】
タイトルはかなり有名な本ですが、今さらながら読みました。冷戦体制崩壊後の世界情勢を予測した国際関係に関する本でした。
簡単に内容を要約すると、「冷戦が終結して西側対東側という対立はなくなり、今後は西欧文明対イスラム文明や中華文明等のように文明間での衝突が増える」というものでした。
1996年発行ですが、2001年の9.11テロやその後のイスラム原理主義過激派の行動を予測するような内容が書かれており、かなり先見性のある本であるといえます。
この本は非常に有名ですが批判もかなりあります。「アメリカは西欧文明に含まれるのか?」「東南アジアの国を中華文明に含めて良いのか?」「アフリカの国々をひとくくりにアフリカ文明として良いのか?」「日本文明なんてものが存在するのか?」「中国を儒教国家だと言えるのか?」などなどです。これらの批判は正論と言えるものも多々あるのですが、それで本書の価値を貶めるものではないと私は思っています。
『文明の衝突』の原題は『The Clash of Civilizations and the Remaking of World Order』、つまり「文明の衝突と世界秩序の再構築」です。冷戦が終わり西対東という構図では世界情勢を判断できなくなり、新たなパラダイムとして「文明」という括りを提示しているのが本書なのです。単に「文明と文明が衝突しますよ」という本なのではなく、「文明という括りで考えるとわかりやすいですよ」という本なのです。著者自身、
地図は詳細であればあるほど現実を反映しているはずだ。しかし、くわしすぎても多くの用途に役立つわけではない。(本文より)
と書いています。本書の中でも「一つの世界」や「混沌状態」など、大雑把なものから詳細なものまで様々なパラダイムが紹介されています。しかし、大雑把なものでは現実とかけ離れすぎているし、詳細すぎるものでは現状分析にはなんの役にも立ちません。実際、本書を読み進めてみると「文明」という括りがいかに有用であるかがわかります。 池上彰さんと佐藤優さんの対談本の中で出てきた
それぞれの国にとっての「過去の栄光を再び求める動き」が剥き出しに出てきている…(本文より/新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方 (文春新書))
というのも、文明間の衝突なのかなと思う次第です。
以下、気になった部分を引用します。
二十世紀後半には西欧は文明の発展段階の「交戦国家」期を卒業して「普遍的国家期」へと入った。(本文より)
この「交戦国家期」という考え方には、根拠はありませんが賛同したくなります。ヨーロッパの諸国が凄惨な30年戦争を経てウェストファリア条約により近代国家らしくなったのが西暦1648年です。 徳川家康が天下を制定して征夷大将軍となったのが1603年で、紀元前一世紀頃の倭の国の時代から約1600年ちょっとが経っています。本当に何の根拠もないのですが、文明というのは生まれてから1600年くらいすればひと段落するのかなと思っています。もちろん日本もヨーロッパの諸国も、この後はまた幾度も戦争をするのですが。この視点でイスラムを見てみると、ムハンマドが預言を受けてイスラム教を始めたのは610年頃だといわれています。これに1600年を足すと、2210年になります。イスラム教が落ち着くのは、あと200年後くらいかなと個人的に思っています。
メッカの方向を向いての礼拝のあいだにアメリカの旅客機を爆破する爆弾を作っているということも十分ありうる。(本文より)
何気ない文脈の中にある文なのですが、これを見て思わずこの本の初版年を確認してしまいました。原書は1996年発行なので、9.11のテロの前に書かれています。びっくりする予言です。これでは陰謀論が騒がれても不思議ではありません。
文化やイデオロギーを魅力的に見せるにはどうすれば良いのだろうか。それは、物質的な豊かさや影響力に根ざしているとみなされた時、魅力的に感じられるものである。ソフト・パワーは、ハード・パワーという基盤があってはじめてパワーたりうる。(本文より)
クールジャパンとか観光立国とか耳にしますが、それは日本に国力があってのことだと思います。「日本はクール→観光客が来る→日本が発展する」のではなく、「日本は発展している→日本はクール→観光客が来る」のだと思います。クールジャパンという言葉を耳にすると、いつも違和感を感じます。
今後、危険な衝突が起こるとすれば、それは西欧の傲慢さ、イスラムの不寛容、そして中華文明固有の独断などが相互に作用して起きるだろう。(本文より)
典型的なステレオタイプなものの見方ですが、あながち間違っているとも思えません。これに日本を加えるならば「腹の見えない日本文明」といったところでしょうか。
【まとめ】
現代の社会を理解する上で非常に参考になる本でした。
上で紹介した他にも「民主主義の内包するパラドックス」「現代人が宗教・原理主義に走る理由」「民主主義者はマルクス主義者とは議論できるが正教会系ナショナリストとは議論が成立しない理由」「ジハードとクルセードの類似点」など、気になるトピックが盛りだくさんでした。
(おわり)